「AAAスコア」活用の意義について
昨年12月に発表された糖尿病患者数(受診者)は316万6,000人で、前回から46万6,000人増で過去最高でした(厚生労働省「平成26年患者調査」)。また糖尿病有病者(糖尿病が強く疑われる人)で見ると男性で15.5%、女性で9.8%。50歳を超えると増えはじめ、70歳以上では男性の4人に1人(22.3%)、女性の6人に1人(17.0%)にも及びます。
糖尿病になることで最も恐ろしいのが様々な合併症です。糖尿病患者数が増えれば、同時に合併症患者も増えることが予測されます。なかでも、末梢動脈疾患(Peripheral Arterial Disease:PAD)や重症下肢虚血(Clinical Limb Ischemia)などの糖尿病足病変は予後が不良でありながらあまり認知されておらず、早期発見・早期治療に向けた取り組みが喫緊の課題となっています。
糖尿病の3大合併症として、糖尿病網膜症、糖尿病腎症、糖尿病神経障害が知られています。これらの合併症の早期発見のために、糖尿病網膜症に関しては眼底検査、糖尿病腎症に関しては微量アルブミン尿や推定糸球体濾過量 (eGFR)で評価されることは糖尿病医療スタッフに広く認知され、検査もルーティン化していることが多いと思われます。
しかし、糖尿病神経障害に関しては評価が難しいのも一因ですが、十分にスクリーニングされていないという現状があります。近年、“診療の質”が重要視されてきていますが、糖尿病医療は施設や医師によって差があることも否めません。
我が東京都済生会中央病院(以下:当院)においても例外ではなく、“糖尿病診療の質”について評価を行いました[2]。当院の糖尿病外来は約8,000人の登録患者数があり、専門医15名で診療を行っています。しかし診療は個々の裁量に任されており、全体の診療の質について計測されたことはありませんでした。そこで、半年以上通院している1,108人を対象に診療の質を評価するプロジェクトを実施したのです。診療の質を定義するものとして、合併症(網膜症、腎症、足の診察)チェックの割合、降圧薬やスタチンの使用割合を調査しました。その結果が表1です。
糖尿病診療の質の評価結果 | 実測値 | |
眼底検査 | 2年以内に施行 | 0.687 |
眼科の指示どおりに施行 | 0.376 | |
ACR(尿アルブミン/クレアチニン比)を6カ月以内に測定 | 0.6356 | |
足の診察を1年以内に施行 | 0.053 | |
高血圧者のうち降圧薬を内服している割合 | 0.696 | |
降圧薬のうちACE-I/ARBの割合 | 0.877 | |
脂質異常症のうちスタチンを内服している割合 | 0.699 |
※高血圧:血圧130/80mmHg、または降圧薬を服用している
※脂質異常症:LDL-C 120mg/dL以上、またはスタチンを内服している
※脂質異常症:LDL-C 120mg/dL以上、またはスタチンを内服している
例えば、眼の診察や微量アルブミン尿の検査が1年に1回行われている患者さんは約7割でしたが、足の診察に関しては1年に1回行われている患者さんは5%程度と著しく低い実施率でした。そしてそれは各医師間で比較するとより大きな差となっています(表2)。
各医師間での違い | |||||||
施設レベル | 医師A | 医師B | 医師C | 医師D | 医師E | 医師F | |
人数 | 1105 | 44 | 106 | 19 | 47 | 101 | 30 |
平均年齢(歳) | 63.7 | 66.8 | 68.4 | 62.8 | 65.5 | 66.7 | 57.3 |
性別(% of men) | 68.4 | 59.1 | 66 | 57.9 | 72.3 | 70.3 | 90 |
HbA1c test | 99.6 | 100 | 100 | 100 | 100 | 100 | 100 |
眼底検査(%)1年以内に施行 | 68.6 | 70.5 | 51.9 | 73.7 | 80.9 | 74.3 | 63.3 |
ACRを6カ月以内に測定(%) | 63.6 | 20.5 | 68.9 | 0 | 17 | 94.1 | 86.7 |
足の診察を1年以内に施行(%) | 5.3 | 4.6 | 5.7 | 0 | 10.6 | 4 | 0 |
HbA1c(%) | 7.5 | 7.1 | 7.7 | 7.8 | 7.6 | 7.7 | 7 |
Suboptimal HbA1c control (HbA1c>8.0%) | 29.1 | 13.6 | 32.1 | 36.8 | 21.3 | 36.6 | 20 |
このような現状を受けて、少しでも足の診察率を向上させるために、糖尿病足病変のリスクが高い患者さんを簡便にスクリーニングできる指標の検討を行いました。毎回の診察で患者さん全員に靴や靴下を脱いでもらい、足を診察することが困難であるならば、ハイリスク患者さんを重点的に診ていけば効率的になると考えたのです。
そこで、どの患者さんが神経障害や足趾の変形、血流障害などを有するか予想できるスコアを検討[3]。入院した足潰瘍の患者群とコントロール群で足潰瘍のリスク因子を評価した結果、「糖尿病罹病期間15年以上」、「両眼の矯正視力の低下(0.5以下)」、「eGFRの低下(ml/min./1.73m2以下) 」,「独身や独居」、「安全靴や長靴などを使用する重労働の方」がリスク因子となることが示されました(表3)。
糖尿病足病変のリスク因子 | |||
リスク因子 | 調整済みオッズ比 (95%CI) |
p値 | スコア |
糖尿病罹患期間(年) | |||
15年未満 | Reference | ||
15年以上 | 1.95(1.00-3.81) | 0.04 | 2 |
平均矯正視力 | |||
0.5≦ | Reference | ||
<0.5 | 5.77(2.45-13.5) | <0.0001 | 6 |
eGFR(ml/min./1.73m 2 ) | |||
60≦ | Reference | ||
<60 | 2.37(1.18-4.76) | 0.015 | 2 |
配偶者 | |||
あり | Reference | ||
なし | 2.77(1.44-5.33) | 0.002 | 3 |
重労働 | |||
なし | Reference | ||
あり | 4.25(1.79-10.1) | 0.001 | 4 |
これらの各因子をスコア化して、糖尿病足病変のスクリーニングのためのツールとして作成したものが「AAAスコアシート」です。合計スコアが7点以上の場合、糖尿病足病変に関する国際ワーキンググループ(IWGDF)のカテゴリー1以上、つまり神経障害や血流障害を有する可能性が高いので、足の診察を率先して行うことが勧められます。
このスコア最大の特徴は、社会的背景に考慮していること、また患者さんの足を診察することなく糖尿病足病変のリスク評価ができるという点です。
糖尿病足病変の早期発見には、糖尿病診療に関わる医療者が足の診察を行うことが理想です。多くの医師は、糖尿病が足に大きな影響を及ぼすことを理解していますが、実際には大きな温度差があります。
医師・医療スタッフの皆さまに「AAAスコア」を活用いただき、足の切断や足の壊疽で苦しむ糖尿病患者さんが1人でも減ることを願っています。